Shoya Suzuki

留学期間
2018年5月~2019年4月(予定)
滞在都市
オーストラリア
参加プログラム
海外ビジネスインターンシップ
インターン先
IT企業(アプリ開発・販売)
「ビジネスインターンシップ・プログラムに参加したことで、海外の大学を卒業する学生たちとも戦える自信がついた」という翔也さん。あえて厳しい環境に挑戦したことで、自分自身を成長させることができたといいます。今回は、様々な困難を克服し、充実した生活を送っている翔也さんの体験談をご紹介いたします。

 

1.留学を決めたきっかけ


留学を決めた理由は、大学4年生のときのことです。 応募していた青年海外協力隊の面接で不合格になってしまったことがきっかけでした。

高校3年生、進路を決めるタイミングで国際関係に興味を持っていた私は、国際関係の勉強をするために教養学部がある大学に進学しました。大学1年生のときから、授業だけでなく自分でも国際関係の勉強をしたり調べたりしているなかで、青年海外協力隊に参加したいと言う気持ちが年々強まっていました。

勉強と部活を両立して行っていた大学4年生のとき、青年海外協力隊の募集に応募しました。この応募は周囲からの反対を受けました。教授からは「ボランティアは結局自己満足でしかない」「開発途上国の人々が本当に望んでいる支援ができないこともある」という厳しい意見を頂きました。それでも開発途上国の現場を直接自分の目で見、活動したいという気持ちは変わりませんでした。 実際に現地を訪れることで、自分自身がどういう支援ができるのかを考えたいと思っていたからです。
青年海外協力隊への参加を強く希望していたことから、就職活動はほとんど行っていません。自分自身「プランB」を作ってしまうと甘えてしまうのではないか…という危機感があったからです。

しかし、残念ながら、面接で不合格となってしまいました。
青年海外協力隊の面接では不合格になった理由は教えてもらうことができません。しかし、ずっと対応してくださっていたスタッフと話したとき、「語学力が足りないことが問題だったのではないか」というアドバイスをいただきました。自分自身、語学力が足りていないことは重々理解していたため、今後の自分のキャリアを考え留学しようを決意しました。

英語の勉強をするだけであれば、日本でもすることができます。しかし、今の環境に安住するのではなく、「あえて厳しい環境に挑戦することで自分を変えなければ」と思ったのです。実は大学で4年間続けていたラクロスの大会でも、最後の試合で一点届かず負けてしまったという悔しい思いをしていました。あと一歩のところでチャンスを掴むことのできない今の自分を変えるには、大きく環境を変えなければいけません。英語力を身につけることはもちろん、自分自身に自信をつけるためにも大学卒業とともに留学することを決意しました。

2.ビジネスインターンシップでの渡航を決めた理由

3年間続けていたラクロス部ではキャプテンを任されており、引退後もコーチとして関わっていました。そのため大学4年生ではあるものの、忙しい日々をすごしていました。結果、留学を決断したのは卒業間際の3月(苦笑) 留学を決意してからは、大急いでさまざまな手続きを行いました。

友達がカナダに留学していたこともあり、当初はカナダへの留学を検討していました。しかし資料請求したとき、ワールドアベニューの留学カウンセラーさんがいち早く連絡をくれ、また熱心に話を聞いてくれたことから信頼できると思い、留学の相談をしました。
そのカウンセラーさんから、「海外ビジネスインターンシップ」というプログラムを聞き、語学の勉強だけでなく海外でインターンシップにも参加できるという点に興味がわきました。

一般的なワーキングホリデーは、結局海外でアルバイト生活しているだけ、しかも英語を喋らなくてもできるような仕事になることも多いと聞いていました。また語学留学をしている大学生はたくさんいます。みんなと同じような経験をしたとしても、面接のとき自信を持って自分や自分の経験をアピールできないと思っていました。

既卒の状態で留学することに対して、不安がなかったといえば嘘になります。 帰国後の就職活動を見据え、他者と差別化できる留学をしたいと考えていたことから、ビジネスインターンシップはとても魅力的に感じました。1週間ほど様々な留学プランをリサーチした上で、資料を作り両親にプレゼンしました。

父は、海外出張をする機会が度々あり、英語を話せる人で、昔から憧れの存在でした。そんな父のように「英語をツールとして使いこなしながら仕事ができるようになるために、海外ビジネスインターンシップに参加したい」と伝えると、両親は快く背中を押してくれました。今思えば、両親にも心配なこと不安なことがあったと思います。それなのに、自分を信じて快く背中を押してくれた両親には感謝してもしきれません。

3.海外ビジネスインターンシップ ファーストステップ‐ダブルスクールについて


海外ビジネスインターンシップ・プログラムはMIT InstituteとJET English Collegeという二つの語学学校に約4ヵ月間、同時に通います。この語学学校に通っていた約4ヶ月間はとても苦しい時期でした。

元々英語が得意というわけではなかったため、文字通りゼロからのスタートでした。だからこそ、聞き取れないことは聞き返したりクラスメイトに英語の勉強方法を聞いたりと、プライドを捨てて英語力向上に向けて邁進しました。

MIT Instituteはブラジル人や日本人、またアジア圏の学生が多い語学学校でした。
「日本ではできないことをやりたい」と思っていたので、 休憩時間は他の国籍のクラスメイトやネイティブの先生と積極的に話をするようにしていました。MIT Instituteでは「読む」「書く」「聞く」「話す」という4技能をまんべんなく勉強します。先生はとても優しく、休憩時間でも時間を割いて話をしてくれました。MIT Instituteには一般英語コース以外にも英語試験対策コースなど、いくつかのコースが存在します。ある程度のレベルまで到達すると、そういったプラスアルファの英語コースに移動する留学生も多くいました。ただ、私の場合、基礎的な英語力をしっかりと固めたいと思っていたことと、とても良い先生がいたことから、検定対策コースではなく一般英語コースで上級クラスまで勉強を続けました。

JET English Collegeは本当にためになる語学学校でした。特に徹底した発音矯正は、普段の生活やインターン中に使用した英語にも活きていたと思っています。

JET English Collegeの先生は正しい文法を使って話す練習はもちろんのこと、英語の勉強方法など授業+ αのサポートしてくれました。もちろん授業はセミマンツーマンで行われるので、授業中に日本語を話す機会は一切ありません。先生はとてもフレンドリーで優しい人ばかりでした。海外ビジネスインターンシップに参加している生徒はダブルスクールで、後半、やや疲れが出てくることを理解してくれており、最後の授業では集中力を途切らせないよう、レクリエーションを行うなど配慮と工夫をしてくれました。

JET English Collegeで行われた ビジネス英語コースはさらに苦戦しました
教養学部を卒業した私は、ビジネスに関する基礎的な知識はありましたが、専門用語になると全くわからない状態でした。ただ、このビジネス英語コースを受けたことで、より英語力を伸ばせたと思っています。私は毎回、あえて予習せずに授業に臨んでいました。予習した方が授業についていけるのは分かっています。しかし、予習せず授業に臨むことで、その授業内に単語や文章、内容を理解することに全力で務めるからです。日本語でも知らない事柄を、45分という短い時間のなかで理解し、自分の言葉でアウトプットする…… そうすることで、自分の理解が本当に合っているかどうかを確認するという作業を行っていました。この練習を繰り返すことで、自分の中の語彙力や表現力を培うだけでなく、ビジネスに関する知識を深めることができました。

4.ビジネスインターンシップサポートについて

ビジネスインターンシップサポートはとても手厚く行ってくれました。履歴書を作成したときは何度も添削をしてくれたうえに、面接の練習も行ってくれました。面接練習を始めてから本番の面接までの時間が1週間で、且つその1社で内定をいただくことができたため、幸か不幸か面接の練習は1回しか受けることができませんでした。しかし、どのような質問をされるのか、どう答えれば良いのかなどをしっかり教えてもらうことができました。
語学学校を卒業してからも学校を訪れることがありましたが、先生からは「TOEICの勉強は順調?」「インターンの調子はどう?」など、笑顔で声をかけてくれます。優しくしっかりサポートしてくれるのも、JET English Collegeのいいところだと思います。

5.放課後の過ごし方


ダブルスクールはスケジュール的にとても大変です。しかし、私は「疲れたから何もせずに一日を終えるのはもったいない」と考えていたので、とにかく活動的に行動するようにしていました。例えばミートアップに参加して英語を話したり、ニュー・サウス・ウェールズ大学のラクロス部に入部し一緒に練習や試合に参加したりしました。


↑卒業大学のチームの大会が近いため、NSW大学のラクロス部の皆さんが、Tシャツを掲げ、応援メッセージを送ってくださいました!

実は留学前から、「オーストラリアでもラクロスにチャレンジしたい」と考えていました。渡航直後からいろいろ探しはじめ、その約1ヶ月後、ようやニュー・サウス・ウェールズ大学にラクロス部があると知り、早速メールで問い合わせをしました。参加初日はとても緊張していましたが、部員はとてもフレンドリーでした。日本のことや留学生活について質問してくれたり、「聞き取れない」と言うとゆっくり話してくれたり、一緒にご飯を食べに行ったりと優しく接してくれたので、すぐに打ち解けることができました。 スポーツを通して、良い仲間ができたことは本当に嬉しく思います。今(1月)はシーズンオフのため、次のシーズンが開始する2月がとても待ち遠しいです。

6.面接について

日本でもたくさん面接を受けていたわけではないので、面接を受けることはとても不安がありました。
面接では自己PRや志望動機など、日本で受ける面接と同じような内容を質問されました。面接をしてくれたスタッフがとてもフレンドリーだったため、緊張しながらもしっかり伝えることができました。また、面接を受けながら、こういうフレンドリーなスタッフがいるのであれば、一緒に頑張れそうだなと思えました。
実際インターンに参加して感じたことは、「自分1人で納得のいくインターン先企業を見つけるのは至難の業だ」ということです。どこでもいいなら、見つかることもあるかもしれません。しかし、なかには日本語ばかりの環境だったり、不当に労働力だけを搾取しようと考えているような企業だったりすることもあります。もちろん、時間をかければ、インターン先企業も見つかるかもしれません。しかし、たった1年間しかない期間中に納得のいくインターン先企業を見つけて働くのは、英語力はもちろんのこと現地でのネットワークや企業間の信頼、実績がなければ難しいことだと思いました。

7.インターンシップ内容


私のインターン先はIT系の企業で、アプリ開発や販売、ウェブサイトの運営を行っている会社でした。
インターンシップ先をIT系企業に決めたのは、新しいことに挑戦するということに重きを置いていたからです。自分自身、今まで全く携わったことがないITという分野で働くことで、今まで知らなかったことを学び、理解して、アウトプットすることができる機会だからです。

私の仕事はアプリ開発のサポートでした。インターン先企業のエンジニアがアプリの中に新しい仕組みを組み込むことで、「バグが発生しないか」「不便がないか」などを調べ、エンジニアやスーパーバイザーに伝えるということが主な仕事です。

インターンを通して、最も苦労したことは「伝える」ということです。
私のインターン先企業は、アメリカに本社がありました。そのため、出社時の「タスク確認」や、終業時の「業務報告」は、毎回電話やメールで行われます。メールであれば考えながら文章を作ることができますが、 電話の場合はスーパーバイザーからの指示内容や質問内容を瞬時に理解し、的確に答えなければなりません。初めのうちは一日に何度「もう一回お願いします」というセリフを繰り返したかわかりません。ネイティブのスピードはとても速く、ある程度聞き取れるようになるまでは時間かかりました。

英語でのミーティングは毎回苦労しましたが、私のインターン先は仕事をたくさん与えてくれるとても良い会社でした。大変ではありましたが、「自分が任された仕事は自分でこなしたい」と思っていたため、どうしてもできないところだけ他のスタッフに頼り、できる限りのことを自分で行うようにしていました。

インターン中に任された仕事のなかで最も大きな仕事は、40人同時にアプリの検証をしてもらったことです。
それはインターンシップ開始から1ヵ月程度経ったときでした。いつも通りミーティングを行っていると、スーパーバイザーが突然「このアプリを40人同時に使ったらどうなるかな」と言い出したのです。その一言がきっかけで、フリーのエンジニアを40人集め、アプリの検証を行うことになりました。この大きな仕事を一任されたのです。
もちろんエンジニアの募集など行った経験はありません。そこで「どのようにすれば人を集めることができるのか」「仕事の報酬はいくら払うのかが妥当なのか」「どのようなサイトに求人の広告を出すのか」など、一つひとつリサーチを行い、エンジニアを集めていきました。

そして検証当日、40人のエンジニアに一斉にテストを行ってもらいました。テストを行いながら、40人から一斉に「次どうすればいい?」という質問がとんでくるので、目が回るほど忙しかったことを覚えています。テスト後も、自分で作成したアンケートに答えてもらうだけでなく、一人ひとりに連絡をとってフィードバックをもらいました。最後はその結果をまとめ、スタッフにフェイストゥフェイスでプレゼンテーションを行いました。テストが終わるまで、担当してくれていた中国人のエンジニアに何度怒られたか分かりません。しかし、 この大きなイベントをやりきれたことで、達成感を味わいました。

インターンで1番大変だったのは、繰り返しになりますが、アメリカとの毎日のミーティングでした。特に電波が悪い状況だと、音声が途切れ途切れになることがあり聞き取れないこともたくさんありました。また業務報告をする際も、自分の言葉でスムーズに表現するのはとても大変でした。ただ3ヶ月間インターンシップを行ったことで、みんなが話していることを当たり前のように理解できるようになったことはとても大きな進歩だったと思います。

3ヶ月間インターンシップを行ったことで、ビジネスシーンでのメールのやりとりはもちろん、電話の対応にも自信を持てるようになりました。スタッフ同士がやりとりをしているメールを見て「この表現は使える!」と思ったらメモをしたり、ダブルチェックの依頼方法を覚えたりなど、報連相を英語でできるようになった点はとても良かったと思います。

私の会社はインターンの受け入れに積極的な会社だったので、私の他にネパール人など3人のインターン生がいました。私はITに関する知識がゼロだったため、他のインターン生の力を借りながら一緒に仕事をしていました。例えば、起こりえるバグを考えて実際に検証するなど、インターンシップ生がチームになり行ったテストもたくさんあります。
最初の1ヶ月は、仕事内容を覚えたり会社の雰囲気に馴染んだりするために、週5日インターンシップを行いました。ただ、午前9時30分から午後5時までみっちり仕事をすると、プライベートの時間が削られてしまうので、会社と相談し2ヶ月目からは週3日インターンシップを行っていました。残りの時間はラクロスや遊び、ジムに行くことにあてていました。

8.滞在方法について


珍しいとよく言われますが、私は渡航してから今までホームステイでの生活を続けています。ホストマザーとその旦那さんがとても親切で、ここで生活したいと思える環境だからです。ルームメイトのブラジル人はシェフで、英語の先生でもある最高のルームメイトです。時間があるときは、一緒にブラジル料理や日本食のレストランに行くなど、国際交流も楽しんでいます。

9.帰国まで、残りの留学生活について


数日前、3カ月間続けていたインターンシップが終わりました。帰国するまでの残り、約3ヶ月間、チャリティー会社で働くことに挑戦したいと考えています。その会社では、開発途上国の支援など国際問題に関して、街頭に立ち道行く人に声をかける仕事を行っています。スピーキング力をあげられるとともに、もともと興味のあった国際問題に関われる良い経験になるのではないかと思っています。

10.帰国後の進路について

30歳までに青年海外協力隊に参加したいという目標は変わりません。青年海外協力隊の参加条件である「3年間以上の社会人経験」を積むため、最短で成長できる商社や人材系の会社などに就職したいと考えています。
そのため、帰国までにもっと英語力を伸ばせるようにしたいと思っています。3ヶ月ほど前にTOEICを受けたときは600点ちょっとでしたが、この間受けた模試では780点までスコアが伸びていました。2月中旬に受けるTOEICで900点を取れるよう、勉強を継続していきます。高校・大学と、エスカレーター式に進学してきた私は、正直、勉強に対して自信がありませんでした。このTOEIC900点という目標をクリアすることで、勉強に対しても自信をもてると確信しています。

11.留学することを考えている方へのメッセージ


私は海外ビジネスインターンシップに参加したことで、海外の大学を卒業する学生たちとも戦える自信がつきました。なぜならば、インターンシップを通じて得た経験は、大学の授業を受けるよりもっと難しいと考えるからです。

これから留学する皆さんに、 留学を決めるときに意識をしてほしいことは「一番自分を追い込める環境を選んでほしい」ということです。海外での学部受講にせよインターンにせよ、自分がしている姿をイメージできることを実現するのは難しくありません。自分がやっていることを想像できないということに挑戦することで、何か新しいものを得られるはずです。 新しい自分を見つけるために、ぜひ海外でしか味わえない経験をしてきてください。
それと、インターン中は必ず上司に報連相を行ってください。それができていないととても怒られます(笑)。